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語学留学おぼろげ回顧録 28《両親がやって来た》

たまに食べるハニーバタートーストが最高に美味しいと思うふあららいです。大人になって甘じょっぱいものが好きになりました。

 

 

滞在も2か月を過ぎ、サンフランシスコでの暮らしにすっかり慣れた頃、私は一つの野望を持つようになりました。

 

家族を呼び寄せたい・・・ サンフランシスコを案内してあげたい・・・

最初は兄がゴールデンウィークにやって来そうな感じでしたが、日程の調整が付かず話は立ち消え。 次なるターゲットを両親にしてお誘い攻勢をかけたところ、思いのほか素直に承諾してくれました。

それまで母は何回か私と海外旅行をしていましたが私のリードでついて歩くだけ、父は6年前のハワイ家族旅行以来の超初心者マークです。 そんな海外旅行慣れしていない中高年夫婦ですから、来てもらうとなればこちらですべてお膳立てしなくてはなりません。

 

まず大手旅行会社J〇Bのサイトで飛行機とホテルそして空港送迎が付いたフリータイプのツアーを未繕い、店頭で申し込むようツアーコードを伝授。 3泊5日のツアーで航空会社は安心の日系直行便。 旅行保険に入るように指示し、さらにはアメリカの入国書類もこの通りに書きなさいと見本を作ってメールで送りました。

出来る限りのお膳立てはしても、入国審査の本番は本人たちに頑張ってもらうしかありません。 「飛行機から降りたら、みんなの行く方について行くように。すこしでも不安になったらそのままにしないで周りの日本人に尋ねるように」 「空港には絶対に日本人の係員がいるから、困ったことになったら『ジャパニーズ、プリーズ』って言い続ければなんとかなるからね」 と出発前日に電話でエールを送りました。

 

かくして2000年6月2日、両親は二人だけでサンフランシスコまでやって来てくれました。 彼らにとっては箱根の新婚旅行以来(?)の二人旅、しかも海外二人旅の大冒険です。 今振り返っても、よく来てくれたな~と思います。

 

滞在のホテルは街の中心部の便利なところでした。 ちなみに私が歯医者の治療後すごく汚れたみっともない口回りで入ったあのホテルです。

ロビーの片隅で本を読みながら待っていると背後から

「○○ちゃん!」

と母の声が聞こえました。

わ~と肩を叩きあいながら再会の歓びに浸った後、両親の代わりにチェックインしてあげました。 親子の再会シーンを見ていたのでしょうか、フロントの女性はカードキーを3枚出してくれました。 宿泊するのは2人なのに、3枚のカードキーという事は私に出入り自由の権限を与えてくれたのだと解釈。 粋なことをしてくれて感謝です。

 

初日の午後、さっくりと市内観光へ。 飲茶のランチをいただいた後、ゴールデンゲートブリッジを見て、フィッシャーマンズワーフを回り一旦ホテルで休憩。

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夕食は日航ホテルの高級和食レストランへ。 久しぶりの正統派和食に舌鼓を打ちました。

 

ホテルに帰りがてら母の要望で、街のかばん屋さんに立ち寄りキャリーケースを買いました。 サムソナイトの布製の機内持ち込みサイズで99.99ドルでした。 父が値切れと言うので店員に言ってみましたが、きっぱりと断られました。 店員さんは「デパートで買ったら倍の値段はする」と言い、実際私もそう思ったので交渉は終了。

 

ホテルに戻り親子水入らずで過ごした後、8時に帰宅。

ハリ姉は一人寂しくピザの夕食だったそうです。

 

こうして1日目が終了。

2日目はツアーで出掛けます。

〈次回へ続く〉