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語学留学おぼろげ回顧録 7《学校に通い始めて》

今日は卵の特売日。先週見送ってしまったので行って来ました。せっかく出掛けたので、2店舗ハシゴしたふあららいです。2パック手に入れてホクホク~

 

 

プレイスメントテストの翌日に結果が出て、「intermediate」中級のクラスになりました。

オフィスでテキストを購入してから自分のクラスに向かいます。

 

学校は月曜~木曜に文法と会話のクラスが2時間ずつあり、希望で水曜と金曜にオプションのクラスを受ける事ができます。

私はオプションで慣用句のクラスも選択していたので、学校には月曜から金曜まで5日間通っていました。

 

ある1日の流れはこんな感じ。

7:20 起床。各自朝食を作って食べる(大抵トーストと卵)

8:45 家を出る

9:00

↓   Grammar(文法)のレッスン(途中10分間の休憩あり)

11:00 ランチタイム(家で作ったピーナッツバターサンドや近くのデリでマフィン等を買って軽く済ませる)

11:25 ↓   Conversation(会話)のレッスン(途中10分間の休憩あり)

13:30 下校 改めてランチを食べて街をうろつく

16:00 帰宅 昼寝(猫がかまってとうるさくて眠れないことが多い)

17:00 ハリエットが帰宅

18:30 夕食(小一時間ほどかけて今日あった出来事を話す)

19:30 食器洗い(私の担当)

20:00 宿題をやる(宿題は週3日ほど出ます)

21:30 シャワー

23:00 就寝

 

さて問題のレッスンですが、高校で習った内容なのでわかるのですが、先生は当然英語しか話さないのでそれを理解するのが大変でした。

そして自分は話せない典型的な日本人のパターンです。

 

グラマーのクラスの場合、まず文法用語を知っておかないと話になりません。

noun(名詞)

verb(動詞)

このくらいは知っていましたが、他の用語は全く知らずに授業を受けていて、後から「adjective」って形容詞の事なのか・・・と理解する有様でした。

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クラスにはフランス、スペイン、ドイツ、ブラジル、コロンビア、タイ、中国(香港)、台湾、韓国などの出身者がいました。

変わった所だとチュニジアからの人も。

ほとんどの人が20代で、当時30歳だった私はクラスの中では高齢組でした。

日本人はやはり多かったです。 クラスに自分を含めて常に3~4人はいる感じでした。

アジアから来ている人はお金持ちのようでした。 まあ、2000年当時に留学できる財力があるという事ですからね。

中国からの学生はいかにもお金持ちのボンボンという感じで、あまり熱心に勉強している印象はありませんでした。

日本人の中にはアメリカ国内の学校を転々と渡り歩いているような人もいました。

タイ人の男の子は「国に帰ったら自分のレストランを持つのが夢」と語っていましたが、彼は真面目でよかったな~。

また日本人の女の子で、ハワイが好きで英語を習得してガイドになりたいと言ってた人もいましたっけ。 今頃ハワイで活躍しているのかな?

 

よく二人一組になって練習をするのですが、外国人の話す英語はすごくわかりにくくて苦労しました。

それまで独学ではラジオ講座などのネイティブが発する英語しか聞いていなんですから、そりゃそうですよね。

訛りもあるし、しかもお互いに英語がよくわからない立場だからなおさらです。

特にスペイン語圏の人達の話していることは本当にわかりません。

彼らは「person」を「ペルソン」と言うようにRを巻き舌で発音するので、そういった彼ら独特の癖を考慮しないと理解できません。

わからないから、話が続かない・・・

そうすると相手は「何故わからないんだ」とイライラしだすのでつらかった。

一方台湾人や韓国人などのアジア人の話す英語は比較的わかりやすかったです。

 

最初の1週間は授業について行くのにとにかく必死でしたが、ストレスが溜まったか2週目が始まると、どよ~んとかなり落ち込んでいました。

ノートに24(週)から1(週)までカウントダウンの数字を書き、1週終わるごとにバツを付けて24週が早く終わることを待ち望んでいたくらいです。

それでもひと月も経つと余裕が出てきて惰性でカウントダウン表にバツをつけるようになり、残り16週を最後にバツを付けるのも忘れてしまいました。

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