足首の固さでは誰にも負けないふあららいです。
ホームステイをしていたアパートは中庭を挟んで2棟あり、1棟におそらく5世帯ほどが暮らしていたと思います。
お隣のバーバラさん以外の人に顔を合わせることは滅多にありませんでしたが、時たま挨拶を交わす老婦人がいました。 中国系と思われる白髪のその人はいつもニコニコとしていて、とても上品な感じの素敵なおばあちゃまでした。 このアパートの大家さんのようでした。
4月のある日、学校から帰って来て玄関ホールに入ると件のおばあちゃまがいました。 しかしいつもと様子が違います。
挨拶をしても、キッと口を結んだままこちらを凝視しています。 そしていきなり
「あんたはバーバラのところの学生か?」
と訊いてきました。
「ハリエットのところです」
「彼女のところに今学生がいるなんて聞いてない。交換留学生か?スポンサーは誰だ?」
「いいえ私は交換留学生ではなくて、私費で英語を勉強しに来ました」
「彼女にいくら払っている?」
「日本のエージェントに渡航費と授業料と滞在費を一括で払ったからわかりません」
「すでにここにどのくらいいるんだ?」
ほとんど尋問となっています。
「2ヶ月です」
「2ヶ月?全然知らなかった。ハリエットは何も言っていなかった」
「今までに私は2、3回あなたに会って挨拶をしたことがありますよ」
「そんなの覚えていない!」
大家さんはきっぱりと言い放ちました。
お、おばあちゃまボケちゃったの?
大家さんの目は怒りで燃えています。 しかし、そんなのこっちの知ったことではありません。 私は何も悪いことしていないんだから・・・
「日本のエージェントに金を払ったと言ったな。何てところだ?」
「××という会社です。そこがハリエットのところを紹介してくれました」
「それじゃ、そのエージェントのアドレスを教えろ。今、紙に書け」
私はバックパックから手帳を取り出し、紙切れに会社名とアドレスと電話番号を書き写しました。
「あんたの名前も書け」
言われた通り、フルネームを書き加えました。
「それでいつまでここにいるのか?」
「7月までです」
「7月に日本に帰るんだな」
「イエス!」
もしハリエットが何も言ってないとしても、これはハリエットと大家さんの問題であってエージェントは関係ないよな~、だけどもしかしたら私ここにいられなくなっちゃうのかなあ~、なんて思いを巡らせながら部屋に入ったのでした。
ほどなくハリエットが帰って来たので、顛末を伝えると 「××の事は彼女に話していないけど、学生が来ることは言ったわ。大体××は彼女には関係ないわ」 と困惑した様子でした。
大家さんがかなりご立腹だったと言うと 「去年の終わりにルームメイトとのシェアが禁止になったんだけど、きっと彼女はあなたが学生じゃなくて、私が内緒でシェアしてる人だと思ったんだわ。交換留学生かと聞かれた時あなたが『違う』って言ったから勘違いしたんだと思う」
なるほど、確かにホームステイの学生にしたら若くないのでそう見えなかったのかも。 それにしても、あんな尋問まがいの仕打ちを受けて非常に不愉快だったのでした。 それに挨拶してたのに覚えていないと言われた時の悲しさと言ったら・・・
その後問題は解決したのか、私は追い出されることもなく暮らし続けることができました。
それから2ヶ月の時が過ぎた6月の終わりに真実が判明することに!
外出から戻り、アパートの門扉を開けたら大家さんと遭遇。 「ああ・・・久しぶりに会ってしまった・・・」と思いつつ、にこやかに挨拶すると、なんと今日は振る舞いが穏やかではありませんか。
「あなたは学生さん?」
なんて聞いてくるものだから、また忘れてしまったの~?と思いながら「はい、そうです」と答えました。
「でも来月には国へ帰ります」
「いずれまたこちらに戻ってくるの?」
と思いがけない返事。
なんか変だな~と話をしていると 「大家は今、ヨーロッパへ旅行に行っているから、私がちょっとした仕事を任されているの」 と言うではありませんか!
この人はいったい・・・?
家に入り、早速ハリエットに大家さんには妹がいるのか否やと尋ねました。
「いたけど、去年亡くなったわよ」
じゃ、あれは妹の幽霊?
「今、下で大家さんにそっくりな人に会ったんだけど」
「あの人は大家さんの友人で、1階に住んでいるのよ」
な~るほど! 大家さんが「あんたに会ったことはない!」と冷たく言い放ったのは正しかったことが判明しました。 しかしカーリーで真っ白な白髪と言い、着ている服も同じようなので一緒に並んでもらわないと見分けが付かないくらいそっくりなお二人でした。
ハリエットの補足情報では、大家さんは滅多に笑わないそうです。 やっぱり嫌な人だと確信したのでした。
※皿洗いは私の担当でした